中山は燃えているか

今から5年前、01年5月。
競馬界に衝撃のニュースが走った。


ダービー最有力候補アグネスタキオンが左前脚浅屈腱炎を発症したのだ。アグネスフライトに続く兄弟2年連続のダービー制覇も、河内洋の連覇も、三冠への夢も途切れた。長浜博之調教師が記者会見で「出れないのは、負けるのと同じこと」と、失意の底から潔いコメントを搾り出したのを覚えている。4ヵ月後に正式に引退が表明され、史上2位タイ*1となる18億の巨額シンジケートが組まれて種牡馬入りした。
長浜師の無念のコメントが心に残ったのは、オーナーの渡辺孝男氏がそれと対照的に「ダービーに出ていれば勝っていた」「サンデーサイレンスに匹敵する種牡馬になる」と強気のコメントをサラブレで語っていたのを見たからでもある。こちらも無敗の三冠を夢見たオーナーにとっては無理もない、素直な心境だったに違いない。



その取材で渡辺氏は、アグネスタキオンとアグネスゴールドの有力馬2頭が共に故障発生によってクラシック戦線から離脱したことに関して、「春の中山は暮れの開催の影響が残って、馬場が悪すぎて馬が故障してしまう。もし今後クラシック有力馬を持つことになっても、皐月賞には出さずに直接ダービーに行く」と語った。






その頃、春の中山は「馬場が悪い」というイメージがあった。タキオンの故障が直接それによるものかどうかは不明だが、結果が結果だけにそれなりの説得力はある。そして翌02年から03年にかけては東京競馬場改修工事のために中山競馬場7連続開催が行われることが決まっていた。ロングランのラストには皐月賞。それが果たしてどんな荒れた馬場状態で行われるのか、素人目にも不安に映った。不安の声は恐らく馬場造園課の元へも届いていたはずだ。


だがその不安は結果的に杞憂に終わる。タキオンが引退した年の秋から、中山競馬場は極端な良馬場、高速化の一途を辿った。ゼンノエルシドがマイルの日本レコード1.31.6を弾き出し、スプリンターズSでエルシドを倒したトロットスターはサクラバクシンオーのレコードを塗り替えてしまった。2歳戦ではサーガノヴェルが1.07.8をマークして青嶋アナウンサーの名実況を生んだ。タニノギムレットのスプリングS1.46.9、タイキリオンのクリスタルC1.32.1も前人未到。そして極めつけが02年の皐月賞。単勝115倍のノーリーズンが1.58.5という破格の時計で勝利し世間を驚かせた。






10年以上前にも突然、春の中山が高速化したことがある。
93年〜94年の2年間だ。93年にウイニングチケットが弥生賞で2.00.3、ビワハヤヒデが若葉Sで2.00.9、ナリタタイシンが皐月賞を2.00.2で制した。それまでの皐月賞レコードが84年のシンボリルドルフの2.01.1で、これが9年間破られていなかったのだから、当時としてはよほど高速な馬場状態だったに違いない*2
翌94年にはナリタブライアンが皐月賞で1.59.0という怪レコードをマークし、3歳馬として初めて2分を切って三冠ロードの第一章を飾った。その後ノーリーズンが登場するまでの7年間、皐月賞で2分を切った馬は皆無だ。
皐月賞をシンボリルドルフからさらに遡ると、2分04〜05秒かかることも珍しくなかった当時の馬場の中で、74年〜76年の3年間にキタノカチドキが2.01.7、カブラヤオーが2.02.5、トウショウボーイが2.01.6で制している期間がかなり目立つ。それより前には2分06〜07秒の決着すらあったのだから、この3年間も相当速かったことになる。トウショウボーイの記録などは、30年後の現代と比べてもそれほど見劣りしないタイムだ。


中山競馬場には数年間隔で高速馬場がやってくる。そしてそれは2〜3年ほどのスパンで終わる。歴史はこれを繰り返してきた。






01年秋から高速化した中山競馬場は、その後もその勢いを保ち続けた。03年春は多少落ち着いたが、その年の暮れにはシンボリクリスエスが有馬記念レコードを12年ぶりに塗り替えている。04年にはダイワメジャーが皐月賞で再び1.58.5。秋にはコスモバルクがセントライト記念で日本レコード2.10.1。さらにその年の暮れに、ゼンノロブロイが前年のクリスエスを1秒上回る2.29.5で有馬記念を制している。
大穴ダイワメジャーが皐月賞を制して追い込みの有力馬が全て馬群に沈んだとき、「馬場があまりにも速すぎる」として批判が巻き起こった。同じく高速化した日本ダービーで故障馬が続出したこともそれに拍車をかけた。「馬場が良すぎるから故障する」という理論は、かつてアグネスの渡辺氏が語った懸念とは全く逆方向のものだ。




この批判の効果があったのだろうか。去年05年の中山競馬場は、一年を通してそれほど速い馬場にはならなかった*3。ディープインパクトの皐月賞はそれほどハイペースでもないのに先行馬は完全に潰れ果て、ハーツクライの有馬記念はそれほどスローでもないのに前年より2秒以上遅い時計で決着した。
落ち着いたタイムで争われたことで、極端な前残りの傾向は消えた。去年の中山の馬場状態に関する批判はこれといって耳にした記憶はない。






年ごとに馬場状態の影響を強く受け、数年間隔で高速化と悪化を繰り返してきた中山競馬場。馬場の劇的な変化は、世間の批判が馬場造園課に向けられた時期とほぼ一致している。
今年も今週から春の中山開催が始まる。始まってみないとわからないが、恐らく一昨年のような高速馬場になる心配はいらないと思う。今年は1月開催の最後に芝が少し荒れた。その影響が残るかどうかでも大きく変わってくるが、今後少なくとも数年間は、去年のような、時計のかかる遅めの馬場状態が続く可能性が高いのではないか。



今週は中山記念。マイル路線でトップを争うハットトリック、ダイワメジャー、カンパニーの3頭が集結した。04年にサクラプレジデントが1.44.9をマークしたように、馬場が速い年は中山記念の勝ちタイムでわかる。今年この3頭にエアメサイア、クラフトワーク、バランスオブゲームらを加えた豪華メンバーで果たしてどれくらいのタイムが出るか。それを今年の春の中山開催、ひいてはクラシック戦線を探る手がかりにしたい。




もちろん天候とペース次第で勝ち時計が変わるのは言うまでもないが、おおよそ1分45秒台前半なら高速馬場に逆戻りしたと見た方が良いかもしれない。逆にもし1分46秒台中盤以上かかるようなら、差し競馬を得意にする馬でも勝負になるだろう。



弥生賞からスタートするサクラメガワンダーは芝が重いほうがいい。逆に先行するフサイチリシャールあたりはスピード馬場に越したことはあるまい。有力馬がひしめくクラシック戦線の取捨には、この馬場が大きく響いてくると思う。

*1:当時

*2:その当時俺は競馬知らなかったけど

*3:それでも90年代よりは速いが、むしろトウショウボーイと大差ない90年代が遅すぎた、と思う