時代の変遷と日本ダービー

先週、49年ぶりとなる無敗のオークス馬が、スイートピーS組から誕生した。
カワカミプリンセス自身が強かったのも勿論だが、これが一昔前なら、能力があっても負けていたパターンだと思う。おそらく牝馬クラシックは「時代が変わった」のではなかろうか。


ローテーションの変化

これと似た傾向は、すでに牡馬の方で顕著に現れていた。
ここ10年*1の日本ダービーでは、1着馬のうち4頭、2着馬のうち6頭、3着馬のうち5頭を皐月賞以外の別路線組が占めている。だがもともと、それ以前の10年間*2のダービーの勝ち馬は全て皐月賞からの直行組だった。10年単位で見るとダービー勝利のためのローテーションがこれだけ複雑化してきている。


もっとも86〜95年の古い10年間は、「2400㍍2000㍍のNHK杯を使った組が、ダービー本番で2〜3着に入って穴をあける」というパターンは存在した。サニースワロー*3、メジロアルダン、リアルバースデー、ライスシャワー*4がそれにあたる。当時三連複はなかったが、3着まで目を向けるとアサヒエンペラー、コクサイトリプル、ホワイトストーン*5、ヤシマソブリン*6なども好走している。
そしてこの8頭に共通している驚くべき点は、全てNHK杯では負けていることだ。しかもほとんど人気薄。つまり、トライアルで辛うじて2〜3着で出走権を取った馬でも、ダービー本番で通用する。こんなことが10年間で8回も起こったのである。


これは現代ではまず考えられない。今年マイネルアラバンサ、エイシンテンリューがダービーで馬券に絡む可能性が、果たしてどれだけあるだろうか?
ここ10年で皐月賞組以外から好走する馬が増えたとは言っても、それは前走の時点で強さをかなり評価されていた馬ばかりだ。キングカメハメハ、タニノギムレット、インティライミ、ハーツクライ、ゼンノロブロイ、シンボリクリスエス、アグネスフライト、ダンスインザダーク。これらは堂々とダービー有力馬として参戦し、その名を歴史に刻んだ。松田国英、藤澤和雄、橋口弘次郎。ローテを決めるのは調教師であって、彼らの戦略はこの10年でダービーの姿を間違いなく変えてきた。



消えたダービーポジション

ローテーションだけでなく、道中の位置取りに関しても、この約10年間はそれ以前と大きく違っている。ここからが今日の本題。いわゆる「ダービーポジション」というヤツだ。かつては「1コーナーで10番手以内に位置取りしないとダービーを勝てない」という鉄則が確かに存在していた。


95年のタヤスツヨシがこの鉄則を破り、追い込みによって勝利を収めた。だがそれまではほとんど「ダービーポジションを確保した馬が先行して押し切る」というパターンが続いていた。これはずっと昔からそう。35年前のダービー馬ヒカルイマイが「ダービーポジションを無視した」とか言われるくらいだから、いつ頃からこの言葉が存在したのかよくわからない。この鉄則が出走頭数の多さに起因していたことはほぼ間違いないので、おそらく18頭に制限されるまでの間はずっと鉄則が通用していたのだろう。
もっとも、正確に言えばタヤスツヨシは1角9番手から4角で14番手までポジションを下げて追い込んでおり、一応ダービーポジションを守ってはいる*7。だが4角の位置取りに着目すれば、例年のパターンを脚質的に覆したのは事実上タヤスツヨシだと言って構わないと思う。


その後95〜05年の11年間で、「ダービーポジション」を遵守した勝ち馬はわずか4頭しかいない。ダービーはいつの間にか差し馬限定へと様変わりしていた。「差し」「追い込み」以外の勝ち馬となると、思い切って逃げたサニーブライアンと、途中からポジションを押し上げたキングカメハメハくらいしかいない。だからこそ直線でハーツクライを振り切るカメハメハが異常に強く映った。
他は全て後方待機の差し馬ばかり。この11年という期間は、ちょうどサンデーサイレンスが活躍した時期と一致している。道中はジックリ溜めて、荒い気性をラストスパートに変換し、府中の直線をフルに使って末脚勝負。これを得意としたのがサンデーサイレンスであり、これを浸透させたのが武豊だった。




サンデー時代の終わり

そして今年は、サンデーサイレンス産駒がクラシックを戦う最後の年に当たる。すでに発売されている来年度のPOG指南本には、頼りのSSはもういない。
しかし「脱サンデー」の傾向は一年早く、今年度からすでに顔を覗かせた。


今年のサンデー・ラストクロップの活躍ぶりは、ハッキリ言って物足りない。一応、オークスに2頭、ダービーに4頭が駒を進めてきたわけだが、去年はオークス8頭、ダービーは7頭だった。一昨年はオークス9頭、ダービー8頭。その前はそれぞれ6頭ずつ。これらに比べたら明らかに少ない。サンデーの世代頭数自体が少ないこともあって、量が圧倒的に足りないのだ。
そのぶん、他の種牡馬が幅を利かせ始めた。ダービーに何とかマルカシェンクとアドマイヤメインが間に合ったとはいえ、今年のクラシック戦線にサンデーの影は薄い。
サンデー全盛、つまり差し馬全盛の時代は、去年のディープインパクトを最後に、想定より一年早く終わる様相を呈している。牡馬クラシックが、再び時代が変わる時期を迎えたのだ。


もともとダービーに限らず、競馬は「先行有利」が基本であったはずだ。クラシックがもはやサンデーを中心に回っていないのだとしたら、時代はきっと、再び「先行」を選ぶ。先週のオークスもそうだった。




今年の日本ダービーは

「脱サンデー」と言っても、今年ダービー出走権を持つ17頭*8のうち、サンデー直仔4頭のほかにサンデー後継種牡馬の産駒が6頭、母父サンデーが4頭いて、「サンデーの子孫」という括りで言えば実に14頭を数えてしまう。
サンデーの血をもたない馬と言えば、ジャリスコライト、スーパーホーネット。
そしてメイショウサムソンがいる。この地味な皐月賞馬は、きっとサンデー時代に対するアンチテーゼと成り得る実力を持っている。かつてサニーブライアンが、キングカメハメハがそうであったように。


メイショウサムソンが得意の先行策で早めに先頭に立ち、差してくるサンデーの子孫達を振り切って2冠を達成する。
不遇のベテラン石橋守が快哉を叫び、週が明けてからは「目標三冠」「打倒ディープインパクト」などと調子に乗って口走る。
時代の変わり目に、そんなシーンを見てみたい。
本命はメイショウサムソンでいこう。



対抗は、サンデーらしくない逃げ馬アドマイヤメイン。
今年は、いや今年からしばらくは、差し馬の出番はない。

*1:96〜05

*2:86〜95

*3:22番人気

*4:16番人気

*5:当時12番人気

*6:当時10番人気

*7:鉄則を破ったのは1角11番手から4角5番手まで押し上げたウイニングチケット

*8:残り1枠を4頭で抽選