東京マイルGIとサンデーサイレンス

「サンデーは桜花賞を勝てない」
「サンデーは有馬記念を勝てない」
ここ3〜4年で競馬を始めた人にはちょっと信じ難い話かもしれないが、こういった言葉が90年代後半には実しやかに囁かれていた。ついこないだまでは「サンデーは年度代表馬になれない」なんてものもあった。
しかし、偉大なる種牡馬サンデーサイレンスは、たった数年で生まれた淡いジンクスの1つ1つを確実に潰してきた。世間がジンクスを囁いた途端に潰す。それを繰り返すうちに、やがて「全GIコンプリート」という途方もない夢が現実味を帯びるようになっていった。


しかし先週のNHKマイルCで、遺したラストクロップが負けた。
晩年に無敗の三冠馬まで輩出したサンデーにも、達成不可能な記録が残った。


といっても実質的には、NHKマイルCは「サンデーが勝てなかったGI」よりも「サンデーが見向きもしなかったGI」と言った方が正しい。創設11年の歴史の中で、サンデー産駒は99年に1頭*1、去年が3頭*2、そして今年2頭、つまり通算で6頭しか出走しなかったのだ。これがクラシックならば、サンデーは1,2回でこの頭数が集まる。
強い馬が集まらない。もはやこの裏街道GIの存在意義は、「NHK交響楽団の上手な演奏が聞けること」くらいだと言ってもいい。せっかくだし来年から古馬にも解放すれば「全GIコンプリート」の夢が繋がって面白いんじゃないか、とすら思う。



サンデーが獲っていないGIは4つ。NHKマイルC、安田記念、JCダート、そして今年から新設されたヴィクトリアマイルだ。このうち芝の3つ全てが東京マイルである。
もう1つ、東京マイルというとフェブラリーSがある。これは既にサンデーは勝っており、しかもダートやん、と思うかもしれないが、面白いことにサンデー唯一の白星である03年*3は、中山ダート1800で施行されていたのだ。つまりサンデーは、芝、ダート問わず、東京マイルのGIを一度も勝ったことがないのである。空前絶後の大種牡馬の前に立ちはだかった最大の難関は、実は日本競馬根幹コースの代表とも言える東京マイルだった。
もし03年のフェブラリーSが東京ダート1600で行われていたなら、藤田のアドマイヤドンが出遅れずに勝っていたかも、などと想像するのは野暮すぎるだろうか。



前述したNHKマイルCに挑んだ6頭のうち、勝ち負けになりそうなのはデアリングハートとペールギュントだけだったので、手駒が薄すぎた感はある。
だがまだ安田記念を勝っていないのは興味深い。
安田記念には過去11年でサンデーは29頭が出走し、( 0 2 2 25 )。連対したのは5番人気ジェニュイン、6番人気アドマイヤマックスの2頭だけで、人気馬は壊滅している。
サンデーの強いマイラーがあまりいなかったのも事実だ。1番人気の出走は00年のスティンガー1頭だけ。だが去年などはダイワメジャー、ダンスインザムード、アドマイヤマックス、ハットトリック、オレハマッテルゼ、アルビレオという布陣で構えておきながら、6頭全てが8着以下に敗れた。やはり苦手と言うしかない。


東京マイル自体が不得意なわけではない。東京マイルの「GⅢ」なら、サンデーは単勝回収率170%を超える超優良種牡馬である*4。また東京でも他のGIなら強い。日本ダービー6勝、オークス3勝、天皇賞秋4勝、ジャパンC2勝。2,3着好走馬まで含めるとキリがない。
ではなぜ安田記念だけ勝てないのか。


最大の理由はおそらく、普段スローになりやすい東京コースが、安田記念に限っては前半からペースが速くなることだ。GIとGⅢでは全く違う。
基本的にサンデーサイレンスは前半のペースが少し落ち着いて末脚勝負に賭けるレースの方がいい。ジェニュインが2着に来た97年などは1000の通過が58.7と例年よりかなり遅かった。
サンデーの中にはハイペースの時計勝負に強いダイワメジャー、ミレニアムバイオ、ダンスインザムードのようなタイプもいることはいる。だがこういった軽い先行タイプが来るのは「前残り」の馬場に限られる。かつて先行したアドマイヤマックスが2着に来た03年は、極端なグリーンベルトが前残りの高速馬場*5を誘発してレコード決着になった。あの馬場でダイワメジャーがいれば1着だっただろう。
だが普段ハイペースになると、東京マイルは尋常ではないほど先行逃げ切りが難しい。ほとんどが差しで決まる。
東京コースの勝負どころは、直線を向いて坂を上る前のところにある。ここで各馬の瞬発力が試される。それを耐えて坂を上がりきった者だけが、ゴール前の耐久勝負に加わる権利を得る。
ハイペースを先行した上で早めに瞬発力を使うと、残りの直線を耐え凌ぐのは難しい。
また直線が長いわりには後方一気が届きにくいのは、瞬発力のない「他力本願」の追い込み馬は坂をのぼる前の時点で勝負圏内から外されてしまうためだ*6。中山、阪神、京都と違い、「最後の最後で後方から差しきる」という大逆転が東京ではほとんどない。むしろ仕掛けが少し速かった差し馬は、一旦交わした相手に差し返されることすらある*7


まとめると、前半からハイペースになっても動じず中段で構えて、直線向いてすぐの瞬発力勝負で先行集団を射程圏に捕らえ、ラスト100までに先頭に立って、さらに粘るスタミナのある差し馬。これが安田記念勝利に最も近い。
サンデーでこの条件を全てクリアできるマイラーはデュランダルしかいなかった。デュランダルが東京で一度も走れなかったのは日本競馬の大きな損失だった。
ハットトリックなどは、上がり3ハロンの数字こそ速いが、追って追ってやっと伸びるタイプで、ここで言う一瞬の瞬発力はあまり大したことない。だからおそらく東京コースでは相手のレベルが高くなると「追い込んで最後届かず」を繰り返す*8。安田記念では前が自滅しない限り勝ちきるのは難しいと思う。

*1:ロサード

*2:デアリングハート、ペールギュント、インプレッション

*3:勝ち馬ゴールドアリュール

*4:富士S、東京新聞杯、クイーンC

*5:というか、外が全く伸びない馬場

*6:長距離ではファストタテヤマなどもそう

*7:去年のスイープトウショウなど

*8:東京新聞杯を勝ったときは超スローだったうえに、キネティクスを交わすまで時間がかかった