有馬記念

今年のグランプリ予想ではいろんなところでマルターズアポジーの名前を見かけるけど、決まって目につくのは「展開のカギを握る馬」というフレーズ。大逃げとか、ハイペースで引っ張るとか、キタサンブラックの邪魔をするとか。果たして本当にそうなるだろうか。


おそらく今回激しい先行争いは起こらない。キタサンブラックは決して逃げに拘るタイプではないし、ゴールドアクターも頑ななまでにハナには立とうとしない。サムソンズプライドも準オープンより上では逃げると最後必ずきっちり差されてしまって結果が出ていない。それに対してマルターズアポジーは過去17戦全てでハナに立っていて、陣営も「控えるのが難しい馬。自分の競馬に徹するのみ」と宣言。こんなのに積極的に絡みたい馬はいない。キタサンブラックの武豊もゴールドアクターの吉田隼人もマルターズアポジーに騎乗経験があって、逃げなければならない性質は把握済み。とっと行かせてしまいたいと考えるに違いない。
一旦隊列が整ってしまえば、展開を決めるのは逃げ馬ではなく、むしろ2番手の馬だ。あるいはレースを支配するほどの1番人気の実力馬。これがどこで動くかによってレース展開が決まる。つまり展開のカギを握るのはやはりあくまでキタサンブラックと武豊だ。
一方、単騎逃げを許されたマルターズアポジーと武士沢の取る戦法は一つしかない。ただし大逃げで引っ張ったりはしない。一度だけそれをやった村田一誠は大敗してたった一戦で降ろされている。父ゴスホークケンに母マルターズヒートという血統、2走前はマイル条件戦を使っている臨戦過程のせいか、逃げてバテるだけの短距離スピード馬のように扱われている節があるけど、実際にはデビュー戦から2000を中心に使われてきた馬で、中距離戦のペースには慣れたもの。1000万下卒業までに上げた4勝はすべて1800-2000。前半1000は63.9、60.9、60.7、61.9といずれもスローペースに落として、ラスト3ハロンはそれぞれメンバー中3位、2位、4位、2位。前半をきっちり落とす「スロー逃げ」から、速い上がりを繰り出して後続を突き放しながら押し切るのがこの馬の得意技。余計な馬が絡んでこない限り、ハイペースで飛ばすようなことはない。


つまり、スタート直後からマルターズアポジーが押してハナを主張して、2番手以下は一旦これを単騎で行かせる。その後マルターズアポジーがスローに落とす。
展開のカギを握るキタサンブラックにとってはこれは願ってもない展開で、自分からはわざわざ動いたりしない。京都大賞典でヤマカツライデンを捕まえに行かずに後ろを待ったのと同じ。大阪杯も天皇賞もジャパンCも、スロー逃げから後続を待って仕掛けている。武豊はキタサンブラックの末脚にも十分自信を持っているので、脚を溜めて後続を封じるほうを優先する。ゴールドアクターも同じで、あくまで落ち着いた展開からの直線勝負の馬。ペースがなかなか上がらないまま終盤戦を迎えるのではないかと思っている。


キタサンブラックが前にいる状態でスローになると当然後続は困るわけだけど、そこでマクって状況を簡単に打破できるのなら、今年キタサン一頭にここまでいい様にやられ続けたりはしなかった。密集した馬群から自分で動いてペースを上げるにはそれなりのスピードが必要になる。ほとんどの馬はなかなか動けない。
蛯名のマリアライトあたりがマクって早めに動きたいところだけど、この馬はあくまで他力本願で、自分自身でそれをやり遂げるにはちょっとスピードが足りない。状況を打破できる能力があるとしたらサトノダイヤモンドだけど、ルメールは積極的に仕掛けるほうではないし、あくまで敵はキタサンブラック。そもそもそれなりに先行できるので、キタサンから離されすぎない程度のポジションさえ取れていれば、下手に早仕掛けに出るよりもむしろ最後の末脚勝負で交わす作戦を取るのではないかと思っている。



単騎逃げの後ろで有力馬どうしが牽制し合う展開。ここで狙うならマルターズアポジーではなかろうか。
いくらスローに落としたところで、( 6 1 3 7 )という凡庸な成績の逃げ馬はここでは通用しないと思われそうだけど、マルターズアポジーの右回りの戦績だけを抜き出すと( 5 0 2 2 )というかなり優秀な数字が出てくる。着外に負けたのはデビュー直後と、1600への距離短縮戦だけ。これは09年の女王杯を逃げ切った大穴クィーンスプマンテが、ハナを切ったレースに限れば( 5 0 2 1 )という数字を持っていたのとよく似ている。
そしてここ最近は本格化して3連勝中。それも休み明けの秋風Sと福島記念では直線に入ってから2番手以下を大きく突き放して圧勝。これまでとは別馬のような走りを見せた。秋風Sでは結果の出ていなかった1600のそこそこ速いペースでも余裕の押し切り勝ち。倒したグランシルクはその後準オープンを圧勝して阪神Cでも僅差の走りをしている。福島記念では前半1000を61.0のスローに落とした分、後続馬が早めに仕掛けてきて12.1-11.6.11.6-11.5から最後は12.8にまで落ちる厳しい流れ。先行馬は壊滅し、マイネルハニーでさえ最後は一杯になって離された4着だった。その後のチャレンジCではそのマイネルハニーがハイペースで2番手から押し切っているわけで、福島で悠々逃げ切ったマルターズアポジーは血統からは考えられないほどのスタミナを秘めている可能性がある。序盤さえゆっくり入れれば、少々のロングスパートには耐えられる。


全馬が目標にするキタサンブラックは、仕掛けた直後の瞬発力という点ではそれほど大したことはない。エンジンがかかってからの二の脚と三の脚で勝負する、長い直線コースで真価を発揮する馬だと思う。直線を向いてすぐのスピードなら、むしろ今のマルターズアポジーに分がある。つまり直線を向いてもう一度差が開く。そこからが最後の勝負。
今週の中山は雨もあってか馬場状態が変わって、近年希に見るほどの時計がかかって、後ろで溜めた馬があまり伸びにくくなった。08年の有馬記念と似た印象を受ける。一旦リードを保てれば最後まで粘りこめるかもしれない。武士沢友治一世一代の逃げ切りに期待したい。



◎マルターズアポジー
〇ヤマカツエース
▲マリアライト
△サトノダイヤモンド
△キタサンブラック


この展開になるなら相手で買いたいのはヤマカツエース。中山2戦2勝、冬に強いという、有馬記念で好走する穴馬の特徴を兼ね備えていて、さらに内枠を引いた。鞍上は有馬3勝、宝塚3勝のグランプリ男・池添謙一。シンハライトでデムーロの重賞連勝を止め、オークス制覇を含めて春のGIで5度馬券に絡むなど、今年存在感を発揮した日本人騎手の一人。
馬自身は一見するとローカル2000専門のよくいるG3級に見えそうな戦歴だけど、中山金杯と金鯱賞では非凡な走りを見せた。いずれも当該コースには珍しいくらいの超スローになって、差し馬は壊滅、先行馬が残ろうとするところを、33.0, 33.1という極限的な上がりで見事差し切っている点に注目したい。東京向きの息の長い末脚とは違い、超スローでもピリッとキレる、短い直線コース向きの末脚を持っている。福島記念では重い馬場でも勝っているので今の馬場も合いそう。


あとは当初買う予定のなかったマリアライト。とにかく今の中山は時計がかかりすぎる。レース上がりが35.5以上かかるときは( 6 0 1 0 )、それより速ければ( 0 2 4 6 )という極端な成績で、唯一負けたのも雨で完全な前残りレースになった中でただ一頭外の後方から追い上げたもの。馬場が重くなるほど強さを増すこの馬を外せなくなった。蛯名正義は中山2500で通算31勝、勝率17%、単勝回収率182%を誇るコースの鬼で、鞍上だけでも怖い。
自身の上がり3ハロンの数字で見ても、勝ったレースで35秒を切ったのはエリザベス女王杯の34.7が1度あるだけ。自身が33秒台、あるいは34秒台前半で走れるような馬場とコースでは下級条件戦ですら1度も勝っていない。それがタフな競馬になった途端、昨年の有馬記念では今回の主要メンバー相手に僅差4着に好走し、宝塚記念ではキタサンブラックを捕まえドゥラメンテを抑え込むほどの強さを見せるわけだから、時計の速かったオールカマーや瞬発力勝負になった今年の女王杯の敗戦で評価を下げるわけにはいかない。去年の有馬記念もレース上がりと自身の上がりともに35.0と、この馬にとって好走できるギリギリの条件だったわけで、もっと重い馬場だったらあの時点で勝っていた可能性がある。今年は去年よりさらに時計のかかる馬場で、追走するだけで脚を奪われる。最後伸びてくるのはこの馬かもしれない。




穴ならアドマイヤデウスを買うつもりだったけど、馬場を見て泣く泣く評価を下げた。もともと小倉2000を3歳春としては最速のタイムで圧勝してクラシック戦線に乗った馬で、2年前の日経新春杯、日経賞、今年の京都大賞典など、速い馬場で速い上がりを繰り出して強いパフォーマンスを残している。今の馬場は合わない気がする。結局この1年不調から抜け出せなかった鞍上も不安。重賞62戦0勝、全クラス通して単勝回収率は43%というちょっと見かけないほど低い数字になっていて、控除率分だけの数字を残しているのは1-2番人気の時だけ。3番人気以下の馬に乗った時の回収率は33%にまで落ちる。これでは年末の大一番で重い印を託せない。
ちなみにマルターズアポジーの武士沢は年間の単勝回収率25%だけど、これはほとんど人気薄にしか乗る機会がないからであって、4番人気以内に騎乗した場合は( 6 6 3 12 )で連対率44%、回収率128%の極めて高い成績を残している。もちろんマルターズアポジーやサンマルデュークのように穴馬も持ってきている。


サウンズオブアースも時計のかかる馬場向きではなさそう。連続して好走することの少ない馬でもあるので、ジャパンCで鋭い走りを見せた分、ここでは割引きも考えたい。


ただアドマイヤとデムーロのうち片方くらいはヒモに入れてもいいな。キタサンブラックとサトノダイヤモンドも消す理由がないのであまり手を広げられないけど。マリアライト頭の可能性まで含めて最後まで悩みます。