毎日王冠

期待されてしまったので久しぶりに回顧。


「府中の千八、展開いらず」
このコースの重賞予想では毎年登場する格言だ。「実力馬が力を発揮しやすいコースだから展開は関係ない」という意味で使われているが、これは実際のところかなり眉唾物である。前半部分は否定しないが、実際の東京1800の傾向は展開にかなり依存しやすく、高配当も頻繁に出ている。騎手の得意不得意も大きくて、後藤が抜群の成績を残す一方、ヨシトミの単勝回収率は毎年30%程度しかない。
もともとこの格言は大橋巨泉が言ったとか言わないとか。20年以上前は通用したのかもしれないが、時代が変われば傾向も変わる。3000メートル級のGIが荒れるようになり、桜花賞が平均以下のペースで流れるようになった現代では、この格言もあまり意味をなさなくなっている。




毎日王冠の展開の傾向について、2年前に考察した文章を掘り出してきた。

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90年代前半の毎日王冠はまさに逃げ馬の天国だった。90年から96年にかけての7年間で、逃げた馬の単勝人気は順に3,5,4,5,4,10,8番人気。これが1,2,1,4,4,1,2着しているのだから、いかに先手を取る馬が有利だったかがわかる。この時期の逃げ馬といえばダイタクヘリオスが有名だが、どう見ても距離が長いサクラバクシンオーあたりが僅差の4着に粘りこんだ年もあった。逆にこの時期、追い込み馬が馬券に絡んだケースは全くの皆無だ。

90年代も後半になって、97年スピードワールド、98年サンライズフラッグが3着。そして99年メイショウオウドウ、00年トゥナンテ、01年ロサードと徐々に追い込み馬の活躍が目立ち始めるようになる。ちなみに97年〜03年の期間内の毎日王冠で、逃げた馬が勝利したのはたったの1頭だけ。もちろんあの98年のサイレンススズカだ。

サイレンススズカ亡き後はスローペース症候群の影響がモロに出る形になった。1000の通過が99年は59秒0、00年は59秒6。90年代前半に57秒台で逃げていたダイタクヘリオスやサクラバクシンオーをもう一度走らせてみたくなるような、かったるいペースだ。東京競馬場はスローペース症候群の蔓延によって、徐々に後方待機組が瞬発力によって上位に顔を出すようになった。

その極みとも言える例が04年。メジロマントルが控え、ローエングリンの逃げたペースは59秒7。直線では4角最後方のテレグノシスが33秒4の末脚で突き抜けた。ついに追い込み馬が毎日王冠で優勝した瞬間。毎日王冠は90年代前半とは全く違うレースになってしまった。

要はスローなら追い込み馬が瞬発力で届く。締まったペースなら逃げ・先行馬が粘りこむことになる。

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その後の毎日王冠も概ねこの傾向に当てはまっていた。05年は前半61.2という超ウルトラスローでさすがに前が残ったが、最後は追い込みのテレグノシスの32秒台の末脚が2着にまで届いた。一方、翌06年は58.8とそれなりのペースで流れてダイワメジャーの独壇場。脚を使わされた後続馬たちは先行したダイワとの差を最後まで詰めることができなかった。


そして今年。
ストーミーカフェが作ったペースは57.5。その結果はチョウサン、アグネスアーク、エリモハリアーらによる追い込み決着だった。
これを「単なるハイペースの前潰れ」と解釈してしまえば、「ダイワとコンゴウは次は狙える」でお仕舞いとなる。だがさっき書いたように、もともとは「ペースが速くなれば後続は届かない」のがこのコースの特質だったのだから少し腑に落ちない。もちっと深く考えてみよう。


過去の毎日王冠で57秒台といえば、サイレンススズカ、ネーハイシーザー、プレクラスニーなどの年が該当するが、どれも後続馬はなすすべなく負けている。さらに馬場の速さを考えれば、今年の57.5が異常ラップというほど速すぎたとは思えないのだ。実際、レースのラスト3ハロンは34.8で、ダイワメジャーも同じく34.8で上がっている。バテバテで潰れた馬が出せる上がりではない。後続馬の上がりが速過ぎたのだ。
高速馬場で、先行馬もそれなりの上がりを使っているのに、それを上回る末脚を発揮した追い込み馬が驚異的なレコードで勝利。これはダイタクバートラムの北九州記念と重なる部分が大きいと思う。勝ち馬の父が同じダンスインザダークであることも全くの偶然ではないかもしれない。




追い込み馬が届くにしても、よりにもよってチョウサンやエリモハリアーが突っ込んでくるとは多くのファンには想像しにくかったはずだ。この2頭が1分44秒台の争いに加われるとは意外だった。なんでこいつらが34秒フラットで上がることができたのか?
この2頭と2着アグネスアークは、前走2000メートル以上を走った馬たちだ。一方、後方待機ながら末脚不発に終わったトウショウヴォイス、エイシンデピュティ、カンファーベスト、ヴリルは主にマイルや1800以下を主戦場としてきた。つまり最後明暗を分けたのは「スタミナ」。今回の毎日王冠は例年にはないほどスタミナを要求されたレースだったと言える。


前日のオクトーバーSも、「開幕週の絶好馬場で逃げ馬有利」とか言われながら、結局は追い込み馬が掲示板を独占。リキアイサイレンスの勝ちタイムは2.23.6とジャパンC並みの好タイムだった。3日目からはペースが落ち着くようになって先行馬の決着が目立つようになったが、本栖湖特別もライアン産駒のマイネルアナハイムが2着に食い込む一方でシグナリオやサンワードブルらが後方のまま惨敗している。
開幕3日間の芝17レースのうち、逃げ馬が勝ったのは未勝利戦たった1レースだけ。時計が速いわりには、逃げ馬にとってかなり厳しく、相当スタミナを問われる馬場状態、と考えることができそうだ。1400とかはそうでもないが、中距離以上になってくるとスタミナはかなり重要。距離延長馬を狙うのは危険かもしれない。


これがもし中山や阪神なら、高速馬場と言えば大体スピード最優先で「前残り」決着になることがほとんどだ。しかし東京は高速馬場でも「外差し」になるケースがこれまでにも少なからずあった。馬場が速いからといって前半飛ばしすぎると、スタミナの裏づけのない馬には最後の直線と坂が厳しく立ちはだかる。ちょうど今はそんな感じなんだと思う。
そしてこれは去年の今頃の馬場とは明らかに違う。ダイワメジャーの快進撃を誰も止められなかった去年は、時計は遅くもないが決して速くもなく、いいペースで流れた天皇賞も1分59秒を切るのがやっとだった。だがもしこのままの馬場が続けば天皇賞本番は1分58秒を切るのは確実。もしそんな高速馬場で本番を迎えた場合、再びダイワメジャーがスタミナ負けする可能性はかなり高い。春の天皇賞馬とのスタミナ比べになったらとても敵わない。


もっとも馬場傾向なんてどんどん変わっていくものだから、天皇賞本番の頃には前残りになっているかもしれない。今年の春も、5月の日記で書いたように最初は極端な外差し馬場だったが、ヴィクトリアマイルの頃には十分前が残れる馬場に変わっていた。
いずれにせよ不断の馬場観察が重要だということ。そして東京では高速馬場といってもスタミナが要求される場合が多々あることを頭に刻んでおこう。




来週の1800メートルの重賞は府中牝馬S。当然アサヒライジングが人気するだろうし、去年の馬場ならかなりの確率で逃げ切れるだろうけど、今回開幕週の逃げ馬たちは悲惨な結果に終わっただけに、アサヒがどんな競馬を見せるか実験台として注目したい。
毎日王冠をそのままヒントにするなら、長距離で実績のある、スタミナのありそうな差し馬が狙い目。それでいて近走が順調なら文句なし。となると臭いのはヤマニンアラバスタ、ロフティーエイムあたりか?